存在価値 ない

アレク
アレク
生きてる意味がわからない・・・なんのために生きてるんだろう。私なんて生きていても意味ない。存在価値を見出す方法ってないかな。

存在価値はないのが結論です。

存在価値がないのは事実なので、作りましょう。病んでる場合じゃない!

 

存在意義を見出す方法

  • これまでの成功体験を書き出す→可視化する
  • 人の役にたつことをする→感謝されるとエネルギーが上がる
  • 自分のご機嫌をとる

 

存在意義は、、、
・中学生から感じ始める→葛藤を抱えて引きこもり
・病んでる歌がはやる→浜崎あゆみ、加藤ミリヤ、西野カナ、あいみょんなど

人は存在意義を感じないと精神を病んでしまう

・ナチスドイツの穴掘り拷毎日、囚人に巨大な穴をほらせ、翌日には埋める作業をさせる
→なんの目的もなく意味がないことを続けると一週間もすればどんな屈強な囚人も頭がおかしくなる
→サラリーマンがその代表例。

報われない労働

存在意義を感じない 特徴 傾向

・自殺→先輩の自殺
・暴行→自暴自棄。自分なんて価値がない必要ないと思ってしまう
・少年犯罪や非行など

口癖

・俺って生きてる意味あるの?

  • 「オレは生きてる価値あるんでしょうか?必要とされているのかな?」
  • 「自分の存在意義がわかりません。もし今、自分がいなくなっても、世の中は何も変わらないと思う」
  • 「自分なんかいないほうが、家族も周りもみんな幸せなんじゃないか」
  • 「私じゃなければいけない理由なんてどこにもない。いくらでも代わりがきく存在」
  • 「生きることに興味が無いです。かといって死にたいかって言われたら嫌だし病気も怖いけど」
  • 「私みたいなクズが生きてていいのでしょうか?親にも産まなきゃよかったって言われてきました」
  • 「生きる意味がわからない。今は、両親を悲しませてはいけない、という1点だけで生きています」
  • 「自分に存在価値があるのか、考えても出ることのない答えに寂しさを感じている」

 

原因

・一時的な精神の問題→ホルモンバランス(生理や妊娠など)
・生活習慣の乱れからくるもの
・発達障害
・精神障害
・虐待経験ありかも
・回避性愛着障害

他者からの存在意義

自分からの存在意義

潜在ニーズ

  • 生きてる実感が欲しい
  • 認めて欲しい
  • 感謝の欠如
  • 自己責任がない

存在意義がないひとの特徴

 

  • 存在していいかわからない
  • 生きていてごめんなさいと常に思っている

 

存在していいかわからない

被虐児は、自分の存在が「いるけど、いない」という感覚を持っています。一種の乖離です。元々は、辛い体験から逃げるために身につけていたものですが、それは大きくなると物事を俯瞰して見ることができるという能力に変わります。そのため、冷静沈着で物事をさばき、感情をあまり出さないことから冷酷なようにもみられます。しかし、それは本当の性格ではなく、生き抜くために必要だった技術だっただけなのです。

被虐児の存在していいかわからない心理に巷の啓発は不毛である

 

  • あなたのままで素晴らしいという
  • 高みを目指して価値を作れという
  • 自己肯定感は自己責任だという

 

一般的にはそうかもしれない・・・しかし、これが当てはまらない人種がいる。それが虐待経験のある人間です。彼らは一般的な人間が見えている世界で物事をみていない

虐待経験のある人間の特徴

  • 一見できる人間
  • 仕事は誰よりもできたりする
  • 真面目で厳しい

 

このようなタイプは、物事は淡々とこなしているように見えていますが、情緒的な関わりを人と持つことを苦手とします。また周囲にも近寄りがたい人いうイメージがつきやすく、孤立しやすい性質を持っています。

しかし、本人は実は誰よりも情緒的な関わりを求めているのです。誰よりも求めているけど、拒絶してしまう。その矛盾の中で葛藤を抱いているのです。彼らは、傷ついてきた経験から、自分の存在を認めていない傾向にあります、それが、いるけど、いない感覚です。これが解離です。

私は物心ついた時から解離していました。叩かれている時は自分が自分でないような感覚に陥っていましたし、痛いから泣くということもしませんでした。自分と出来事を切り離すことで、ダメージを最小限に抑えていたのです

虐待経験のある人間が、存在意義を見出せない理由

・義務感の中で生きているから

 

親戚中から嫌われていた幼少期。存在してはいけないと思った出来事

私は物心ついたときから奴隷だった

なんの奴隷かはわからない。けど、気づいたときには自分の意思をおさえ、意思を持つことはダメだと学び、親の顔色や機嫌、雰囲気など様々なことを敏感に感じ取って、いつ来るかわからない嵐にたえた。

気づいた時から私は存在してはいけない人間だという思い込みがあった。私がいるからお母さんが不幸になる。家族が喧嘩する。私が悪いから私さえ我慢すればいいのだ。

私は母親と大人のパシリであった。

可愛い子ねと言われるのではなく、本当に悪い子。邪魔な子、いらない子、そうやって親戚中から罵られた。

ご飯を食べられるときはほとんどなくて、たまに棚からおやつを盗み食いした。

そしたら、さすがあの母親の子供ね!泥棒ネコ!とみんなの前で言われた。

その反対にはとこは、挨拶ができてとってもいい子ね、と褒めた。はとこのお母さんも嬉しそうに自慢した。本当にうちの子は素晴らしいんですよ。と。

子供っぽいところはとっくに封印した。子供らしくいることでメリットが一度もなかったからだ。つねに自分を客観的に見ていて、すべて他人事に感じていた。いちいち感情を入れてたら壊れてしまうからだ。

幽体離脱してるかのように、ふわーっと自分を上からみている。そんなことは物心ついた時からあった。

泣いたらもっと叩かれる。弟がなくし私は我慢しようと、ぶっ飛ばされてもぐっとこらえた。泣いたらうるさいってまた怒られるから。

自分の存在がこの世に悪影響だと知ってからは、人と関わることが怖くなった。

義務感の中で生きること

声を出すことができない。ご飯をもらうために夜道を歩いてお使い。生きるために必要だった。

暗闇の中の買い出し。

いつも母親が夜21:00~に歩いて30分はかかる場所にあるテイクアウト専門のカレー屋さんにカレーを買いに行かせた。

田舎の夜9時は暗い。怖くても行かなきゃいけない。行かないとまた怒られる。買ってきたらお母さんの食べ残したカレーがもらえるから。その食べ残しを期待して買いに行く勇気を出した。

保育園や幼稚園に通っておらず、身内としか接してないうえに、身内からは散々辱めを受けていることもあり、店員さんと話をすることもできなかった。

小さかった私は、カレー屋さんについてもオーダーができない。カレー屋さんに私の姿が見えてないからだ。個人の精肉店みたいはショーケースがあって、レジがある作りで、私は、すみません、と声を出さなければ存在に気づいてもらえない。

その最初の言葉がなかなか出てこない。

声を出すこと、言葉を交わすことが恐怖でしかなかったからだ。

たまに気づいてもらえたけこともあったけど、声を出すのは人生一台イベントであった。お店についても買うことを諦めて帰ろうかと思うことも何度もあった。

自分の存在が悪いものと意識づけられ、人と会話をする、触れ合うことが今でも苦手である。私がいるだけで人に迷惑がかかる。つねにそういう気持ちがある。

おはようなどの挨拶も苦手だ。言われても返せない。言葉に詰まる。いうタイミングを失う。無愛想なわけじゃなくて、たかが挨拶も大イベントなのだ。

このカレーの買い出しは、私が生き延びるために必要な重大なイベントだった。それがないとご飯が食べられないからだ。

母親の食べ残しでも、私にとってはご馳走だ。買い出しを頼まれないと食べるものがないから、怖くても買いものに一人で行った。

またこの体験から見えることは、「挨拶ができない」ということだ。挨拶は今でも苦手だ。施設に入所した時も、先生や友達の名前を呼ぶことができなかった。

なので、先生をどう呼んでいいかわからなくて、ねぇ、とか、キミと呼んでいた。もちろん怒られた。でも、私には名前を呼ぶことも挨拶をすることも簡単なことではなかった。

幼い頃から、何か悪いことしたわけではないのに、母親の子供ということで、親戚中から嫌われていた。何をしても罵られ、「私は自分を悪い子」と思い込んだ。意味はわからないけど、そう思い込んだ。

私が声を出すと、誰かが怒る。迷惑がかかる。不幸になる。挨拶をしてもシカトをされる。そのような経験が積み重なり、声を出すことができなくなっていった。自分の意思を主張することは、すなわち攻撃を受けることと同じだからだ。

今でもおはようをいうだけでも勇気がいる。いうタイミングを見計らってしまい、タイミングを逃す。挨拶を逃すと、自分は挨拶もできないダメ人間と思われたのではないかと悩んでしまう。

虐児の心理から推測してみると、次のようになる。まず、きちんと注意をされたことがない。いきなり怒鳴られて殴られるか、いつまでも放っておかれるか、の二つに一つである。まして、ごめんなさいと言って許された体験はないから、謝るということを知らない。すると学校で先生に注意されても、それにどう反応したらいいのか分からない。彼が知っている大人に対する反応の仕方は、逃げるか、反抗するかのどちらかである。だから逃げる。ぶつかる。

被虐児はいつも一人で過ごしていたから一人遊びをする。それしか知らないのだ。名前を呼びかけられても笑顔を返さない。叱られる時以外に自分の名前を呼ばれたことがないので、優しく名前をよばれた彼は、その意味が理解できずに固まってしまう。

「消えたい」p147~

大丈夫?痛くない?の意味が理解できない。なぜなら、叩かれて痛いと言ったらもっと叩かれるので、痛いと言ったことがないからだ。

 

被虐待児と一般的な人との見える世界の違い。
当たり前に当たり前なことをしてきた人たちとは見える世界、つまづくポイント、その全てがまるで違う。

そこにいるのにいないという感覚。そこにいるけどいない感覚。義務感の中で生きること

だから、普通の人と過ごすことが苦痛であり、虚無感を増幅させる。みんなでいるのになぜか一人で孤独を感じる。なぜ、私は無条件に楽しむことが出来ないのだろうか。

つねに楽しむフリをしている自分がいる。

楽しなきゃいけないと思うから余計に疲れる。感情はとっくに捨てた。持てば傷つくから最初から悪いことが起きるのはあたりまえの前提で物事を見る。だから何がおきても想定内。

ただ、、うまく行くことだけは想定外なのだ。うまくいくはずがないのが当たり前なので、トントン拍子に進むと疑わしくなる。またいつ壊れるであろうことを考えると、いい方向に進む方が怖い。

自分に幸せや良いことが起きることが普通じゃないので、良いことには反発したくなる。

虐待を受けて育った人は、人生の辛さから逃れるために「死にたい」とは言わない。

「消えたい」という。「死にたいは」は、生きたい生きている、を前提としている。

「消えたい」は、生きたい、生きている、と一度も思ったことのない人が使う。「死にたい」の中には自分の望む人生を実現できなかった無念さや、力不足だった自分への怒り、それを許してくれなかった他人への恨みがある。

一方、消えたいの中には怒りはないか、あっても微かだ。

そして、淡い悲しみだけが広がっている。「消えたい」抜粋

 

焦燥感

見られている感じ。電車に乗るのが怖い。他人の会話が自分の悪口に聞こえる。体がこわばり緊張して早く目的地までたどり着けと願う。その時間はとても長い。
いつもいつも未来が不安で生きてきた。とにかく、次をこなすことで精一杯だった。義務感と責任だけで生きてきた自分のことが、今、わかる。ずっと怖かったのだ。

不安だったのだ。これが先生が言っていた、「人の何倍も緊張して頑張っ」ということだとわかった。そう思ったら自分がかわいそうになった。

p175~

小さなことだけど、普通の人ができていることができたら、嬉しい。多分、それが幸せなのだろうと思う。

恐怖から離れて、とらわれていた義務感を知る。そうすると、目の前には「今」という小さな幸せがある。自分を縛ってきたものから抜けだした。

p180〜

存在理由を見出せない理由は、義務感の中で生きているから

生きる義務感を相対化する。

がんばりと楽しみがないと、義務感が一人歩きする。

社会的存在があることが、自分が「いる」ことの確信である。社会的存在とは、多くの人々と「感情の共有」とか「規範の共有」を保って、日々安心を感じていることである。

「消えたい」p154~

生きなければならない義務、生きるために果たさなければならない義務。それは耐えて、無条件に従わなければならない義務。ただ虐待の恐怖を抑えるためにだけ、そうしないとならなかった。

目的のない義務、こなすだけの義務である。しかし、それを続けていないと恐怖が襲ってくる。

p168

自分ルール

それは不安と恐怖に心が押しつぶされないように、自分で作ったルールだった。それを守ることが生きることだった。守っていれば、義務を果たしているのでとりあえずは生きていていい、少しは安心していいというルールだった。

目的のない頑張りから生まれる、一人歩きした義務感、達成や目的のない不条理な義務感である。

p169

幸せになってもいいんだ、と自分に言い聞かせるが、何度言っても底知れない怖さが襲ってくる。

がまんが途切れたら殺されるのではないかと怖くなるし、甘えようとしたら、黒い雲のような罪の意識が襲ってきて自分をせめる。自分には愛情を抑えるチカラはあっても、それを受け取る能力はない。今更その能力を作ることはできない。

緊張とがまん。普通の世界では、ほどよい緊張と我慢は、愛情によって報われる。

その一方被虐児は自分で緊張を作り出して心を支えた。もともと愛情のない世界で、愛情を期待しないという緊張である。愛情がないという恐怖を抑えてくれる。

p199~

 

頑張ってひとに合わせないと生きていけない

そう思った時に恐怖が湧いてきた。生まれてからずっと感じてきた恐怖だけど、今まで気づかなかった。

自分はダメな人間だ。もっと頑張らなければと、いつもの思考が動き出した。

小さい頃からずっと抱えてきた恐怖と、それに反応する加害者の自分だった。自分が潰される恐怖を前にして、自動的に自分を責め始めていた。ちゃんとやらないと嫌われる。

除け者にされる。そう思って目を覚ましてきたんだ。もう目の前に親はいないのに、今は落ち着いて暮らしているこに、まだかかえている。

結局、自分で自分のことを痛めつけている。自分で自分を優しくしていない。自分で自分を敵にしてきた。そうさせているのは、もうあの人母でもなくあい父でもなく、自分なんだと思った。

この世が地獄だったのではない。自分の心が地獄だったんだp252

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