被虐待児 自立 子供らしさ

子供らしさ失った幼少期

一見、大人で悟ったように見られる

しかし、それは実は違うことに気づいた。

悟ってるは、それなりに場数をふみ、後悔なく楽しみ、世の常を知り、煩悩に振り回されず、、、だ

しかし若くして悟ってるふうの人は、諦めているのが本質だ。

期待して裏切られたくない。感情的になって醜くなりたくない。そういった自分を守る防衛本能から、諦めているのだ。

もちろん、何も経験せずにそうなってるわけではない。(たまにいるけど

それなりに普通の人より場数を踏んで、みてきたことがあるため、これはこうなると見えることもある。

しかし、子供は失敗してもなんどもチャレンジする。大人になると、ここにブレーキがかかる。チャレンジをした分だけ傷つきもふえる。

私は子供らしい時がなかった。

それは師匠である人にも、そんなはずはない。鎧を被っているだけだと言われた。みんなが集団で同じものに向かっていることも、どこか冷めた目で見て、私とは違う。

私はみんなと同じことはしたくないと思って見ている。子供らしい時を思い出して、泥遊びをすることが足りていない。ありのままで愛された時を思い出して、自分をバリアして武装している自分を捨てろと。

その時はわかるようでわからなかった。

なぜなら、子供らしく過ごした時を覚えていないからだ。それはなぜなのかわからなかった。私の子供の頃の記憶は物心ついた3歳くらいから始まっている。

おじいちゃんにぶっ飛ばされて、泣いたらさらにぶっとばさられるから泣くことを我慢した。

そこから。私は冷静に状況や顔色を見るようになった。

子供らしさを失うのはなぜか

いつ銃弾が飛んでくるかもわからない状況で、安心して安らげる時などない、まとめて寝ることもなく、常に体も精神も戦闘状態、そのような状況で好奇心に満ちた子供らしさのまま生きているはずがない。

被虐待経験者はこのような経験を物心ついた時から持っている。

そのため、一般的な心理ケアや理屈はまかり通らないのである。

早く精神的に自立ができてよかった。

など言われることもあるが、それは違う。精神的に自立しているのではなく、一時的にその場をしのぐために抑圧しているだけなのだ。それは、後になってしわ寄せがやってくる。それが精神的な病気や原因不明の不調などだ。

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